身近な衣料品の一つである靴下ですが、少し変わった靴下があります。
さまざまな足の形、大きさにフィットするよう作られている靴下です。
かかと部分がなく、筒状の形をしている、「つつした」とよばれる靴下です。
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肌のデリケートな方にも履けるように、肌側に天然繊維の細い糸を編みこんでいます。
たくさんの糸を使い、いままでやった事の無い技術や糸の仕様で作っています。
樋口メリヤス工業株式会社
かかとの無い靴下「つつした 」は、大阪府枚方市にある「樋口メリヤス工業株式会社」が作っています。。
1933年の創業で、軍手や軍足の製造工場としてスタートしました。
戦後、国内の繊維産業が好況を迎え、事業を拡大していきます。
しかし、時代の変化により、業者は安価な海外に生産拠点を移し始めていきました。
そして、国内の繊維産業は価格の安い海外産に押され縮小の一途をたどります。
樋口メリヤス工業も影響で業績は下がり、トラブルで億に近い負債を抱えてしまいます。
中江氏が社長に就任した2006年には、多額の負債により倒産目前でした。
会社の進退について、決断を迫られ、悩んだ末、会社を存続させる決断をします。
交錯する思い
会社の現状を考慮するなら廃業するしかありませんが、
ものづくりにこだわった祖父の意志を無駄にしたくはありません。
父が守りぬいた会社を絶やしたくありません。
交錯する思いの中での決断であります。
工場を売却し、借金の返済に充て、創業支援貸事務所を拠点にし、再起を図ります。
一点物の靴下をつくりたい
下請けの仕事は、低コストで量産ばかりを要求されます。
それだと利益も上がらず、コレまでの繰り返しになります。
お客様が満足して履いてくれるような靴下を作りたい。
余所にはない一点物の靴下をつくりたい。
そこで企画したのが、お客の要望を受けてつくるメッセージ靴下でした。
足裏に、メッセージを編み込んだもので、1足からでも受注を受け付けました。
始めてみると滑り出しは良く、順調に注文が入るようになりました。
しかし当時は、大ロット生産での受注が前提で、外注先が難色を示すします。
外注先には、小ロット生産という発想はなく、生産効率も悪いためです。
工房を開設し、自分で作ろう
自分で作るしかない、と思いたちました。
地場産業の補助金を受けるため、ものづくりにこだわった企画書を作成し、申請します。
審査が通り、得た資金で工房を開設し、中古の機械を買い入れます。
そして、靴下を織れる職人を探し、ようやく技術者を一人見つけます。
しかし、一人では、技術者に負担が大きくかかります。
そのため、新たに若い技術者を採用しますが、定着しませんでした。
そんな時、自分が靴下を織る技術を身に付ければいいのだと思いつきます。
それは、人手不足の解消だけでなく技術承継にもなるはずです。
業界の壁
これまで靴下製造は、男性の仕事でした。
女性が、男の世界に飛び込み、必死の思いで技術を習得していったのです。
製造過程が分かると、新商品のアイデアも湧くようになりました。
こうして、デザインから製造、販売までを一貫生産できる体制を整えました。
少しずつ盛り返していきますが、トラブルに遭い、出鼻をくじかれてしまいます。
そのため、厳しい状況を覆すほどには至れませんでした。
そこで、新商品を打ち出すことで巻き返しを図ります。
商品開発
商品開発の糸口は、お客様からの声の中にありました。
「この靴下だけが捨てられることなく、ずっと残っている」という話をよく耳にしました。
それらの靴下を見てみると、「強力な伸縮糸を使用している」という共通点がありました。
その伸縮糸は、太くて、強く伸び縮みするため編みにくいのです。
さらに高価なため、靴下には使用されなくなっていました。
中江さんは、新商品としてゴム糸を使わず伸縮糸を使った靴下づくりに取り組みます。
ですが、伸縮する力の強い糸は機械との相性が悪く、悪戦苦闘が続きます。
それでも、諦めずに取り組み続け、靴下を編み上げることに成功します。
さらに、お客様からの声には、「かかとが余る」「足に合うサイズがない」「靴下の中が蒸れる」「肌が弱く荒れてしまう」というものがありました。
何とか解消できないか、それが可能なら、新商品として申し分はありません。
伸縮糸で試作した靴下の試し履きを繰り返し、綺麗に足にフィットすることがわかってきました。
もしかしたら、かかと部分を用意しなくてもしっかりフィットするのではないか……
かかと部分のない筒状の試作品は、伸縮糸の力でかかとにぴったりとフィットしたのです。
かかと部分を作らず、筒状に作成したことで、かかとと足のサイズがの問題が解消できました。
また、靴下自体の構造も見直します。
従来の靴下は、肌に触れる面にゴムの糸が使用されています。
綿の靴下でも、多くは、肌に触れる面に合成の糸が触れていました。
そのため、化学繊維により肌荒れを起こしてしまう人もいます。
そこで、編み方を工夫して、コットンやウールなど天然素材が肌にあたるようにしたのです。
糸も細めにして肌触りの向上を図り、快適さや肌荒れの問題改善に取り組んでいきました。
出来上がった靴下は「つつした」
こうしてできあがった靴下を「つつした」と名づけ、2017年に販売を始めます。
1足1000円以上と、従来の靴下と比較すると高めの金額でしたが、
「はいても痕が残らない」「蒸れない」など、購入者からの評価は良好でした。
はき心地の良さが口コミで広がり、百貨店の売り場に並ぶようになりました。
全国ネットのテレビにも取り上げられ、知名度が上がり、売り場はお客様で賑わいました。
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厳しい意見に応える
多くの人々に使われ、良い意見だけでなく、厳しい意見も聞かれるようになりました。
一部女性客からは「締め付けがきつい」とクレームが入り、返品されることもありました。
お客様に喜んで使って貰いたいと、お客様からの声を商品の改善や工夫に取り入れます。
そして、伸縮性の強さを変えた、「タイトタイプ」「リラックスタイプ」「ワイドタイプ」の3種類の商品を作りました。
その結果、履き心地の良さが、以前にも増して口コミで広がり、大ヒット商品になったのです。
新型コロナウィルス
そんな矢先、新型コロナウィルスという予想外のことが起こります。
客足は鈍り、売り上げは激減、状況は厳しくなる一方でした。
打開策を模索し、工場にある織機でマスクを作ることにしました。
2020年3月、サンプルを作り、工場に併設した店舗で予約販売を開始しました。
価格は、1枚1500円でありながらも、予想以上にお客様が殺到し、間に合いません。
特殊な和紙の糸を使った、3Dマスクは、肌触りが良く、息もしやすいと、大好評だったのです。
このマスクの売り上げで、コロナ禍による、厳しい状況を乗り切ることが出来ました。
しかも、前年よりも売り上げは上がっていたのです。
マスクの販売は、他にも思わぬ結果をもたらしました。
マスクが目当てで来店したお客様が、「つつした」にも興味を持ち、購入するようになったのです。
まとめ
こうして、新たなものづくりで、厳しい状況を押し返していきました。
さらに、国内での販路拡大を目指す一方で、海外にも売り出す働きかけも行っています。
海外市場も視野に入れ、欧州のバイヤーにサンプルを送ることもしています。
ものづくりへの情熱やお客様に喜んでもらいという情熱を持ち続けること。
情熱をを絶やすことなく、お客様の目線に立って商品開発や工夫を続けることが成功の要因ですね。